「一日を無駄にした後悔」「向上心と怠け癖による心身の乖離」1時間頑張ればそれでいいって話

つぶや記

一日を無駄にした後悔のダメージは異常

一日、特に休日を無計画にダラダラと無駄に過ごしてしまい後悔した経験は誰にでもあるかと思います。

私も土日に何かをしようと決めていても結局何もせずに過ごしてしまい、日曜日の夜に暗い部屋の中で人生規模の不安感・焦燥感が渦を巻きながら、月曜日の朝を迎えたことが何度も何度もあります。

  • 勉強したかったのにできなかった。
  • 本を読みたかったのにできなかった。
  • 筋トレをしたかったのにサボった。
  • ブログを書きたかったのに書くことが浮かばなかった。
  • 家族をどこにも連れていけなかった。
  • 子供と遊ぶ時間を十分に作れなかった。

私は30越えなので、よく聞く「クォーターライフクライシス」のようなものかもしれません。

「このままでいいのか?」「結局怠けてしまう。」「一生こんな思いで過ごすことになるのか。」「家族との思い出を作れなかった。」「でも子供の成長はあっという間。」

そう考えるだけで、心に尋常ではないダメージを負っていました。

1時間だけ全力集中すれば「後悔」とおさらばできる

以前書いた記事で、「早起きして良質な時間を過ごす〜…」ということをお話ししました。

時間に追われることからは解放されましたが、まだなお一日を無駄にする後悔の気持ちは残っていました。

「やりたいけどしんどいこと」は往々にして自分のためになることばかりです。

それをするための時間を作るということは、自己成長のチャンスを得るということになります。

ですが、一日中それに向き合おうとすると集中力は必ず切れ、結局ダラダラと時間だけが過ぎていきます。

そうならないように、自分が確実に全力集中できる時間だけ、例えば「1時間」。

一日のうち、たった1時間。

24時間のうちの1時間なので、一日のたった「4%」だけ頑張れば一日の生活全てが充実することに気が付きました。

  • 1時間だけ資格の勉強に集中する。
  • 1時間だけ本を読む。
  • 1時間だけ筋トレを頑張る。
  • 1時間だけブログを書く。書く内容を熟考する。
  • 家族と遊びに行くけど、1時間は集中する時間を作る。
  • 子供と1時間全力で遊ぶ。

そうして過ごせば、一日の終わりに訪れていた「後悔」も訪れぬものとなりました。

しかも計画的にのんびり過ごせる

全力集中の1時間、三食の時間を朝・昼・晩で計3時間、睡眠時間を7時間とします。

残りの時間は13時間で一日のうちの54%です。

ということは、フリーな時間が一日のうち半分以上も残ることになります。

その時間は、今まで通り自分が好きなように、ダラダラするなり、散歩するなり、買い物に出かけるなり、過ごしても良いと考えると1時間の全力集中はそんなに難しい努力ではありません。

むしろフリーな時間ですら、意図して計画的にのんびりと過ごすことができるようになりました。

まとめ

考えてみると、成人式を迎えて30になるまでの時間はあっという間に過ぎてしまいました。

この調子でいけば還暦を迎えるまでの時間もきっとそうなのであろうと、少し恐ろしい気持ちにもなる今日この頃です。

ですが、「歳をとること」=「悲観すること」ではないと思うのです。

そう思えるためには、きっと地道な自己成長は必要なわけで、そのためには日々の後悔や焦燥感をなくすことを積み重ねるべきではないかと考えています。

人生規模のX軸のパラメータ、「時間」に「Y軸」をいかに詰め込むかが大きな課題になります。

最後までお読みいただきありがとうございます!

コメント

タイトルとURLをコピーしました