「仕事=楽しい」思ったことないわけではないけどやっぱりおかしいと思った話

つぶや記

「仕事=楽しい」はやっぱりおかしい

あくまでも一つの考え方です。

私も仕事が楽しいと思ったことはたくさんありますし、楽しくない今でも「楽しそうな仕事ないかな?」と転職サイトを覗くことがあります。

でもやっぱり「仕事=楽しい」はおかしいのではないかとも思えるようになりました。

特に30歳を過ぎて、20代の(労働者を守る社会の動きが顕著になった後に入社した)子たちとの年齢差が一回り近く開いた今特にそれを感じています。

何でおかしいのかと言えば、「楽しいこと」は始めることが苦痛ではないのに、仕事は始めることが苦痛だからです。

私たちは気づけばスマホで動画を見ているし、気づけば遊びに出かけていたり、美味しいものを食べています。

それが本当の「楽しいこと」なのだと思います。

でも仕事を始める前は「だりぃ…。やりたくない、帰りたい。」となるわけです。

それは私が「仕事が楽しい」と思っていたときからそうでした。

仕事をせざるを得ない状況下で仕事と向き合っているとなんだか「やってやろう!」って気分になって、その時間と引き換えに給料をもらってドーパミンがドバドバ出て…ということの繰り返しを「仕事が楽しい」と認識していたのです。

別に美味しいものを食べたい欲求みたいな感覚の仕事したい欲求はないので「仕事=楽しい」はおかしいと思い直しました。

特に今の時代は仕事とプライベートの境界線は昔よりも鮮明で、それをわきまえて仕事に一線を引いている傾向にある20代の子たちと関わる機会が多くなってきた今、そう思うようになりました。

「仕事=楽しい」を押し付けてくる奴は本当にやばい。

この考え方で仕事を楽しんでいる人は、少なくとも雇われのサラリーマンではほぼほぼいないものと考えています。

ですが会社で働いていると「仕事=楽しい」を押し付けてくる人やそれに洗脳されちゃっている人は一定数存在するので恐怖を覚えます。

押し付ける人本人が、本当に心から仕事が楽しいと思っているのかもよく分からないのに、更に他人に押し付けていることが理に叶っておらず、力ずくで物事を押し通そうとする脅迫のようなものだと感じてしまうのです。

そもそも他人に何かを押し付けること自体どうかと思うのに、何してくれてんだってところです。

無意識に「考えを押し付けること」に抵抗を感じていた。

そんなこと考えると、「あの映画めっちゃ楽しかったよー!」とか「あのバンド好きなんよねー!」とか人から無邪気に話されると、どこかその状況を俯瞰してしまう自分がいるのはきっとそのせいなのかもしれないと思い始めるようになりました。

もちろん自分が好きなものを人に話したり、人に勧めて共感したい気持ちは私にもありますし、それを洗脳だなんて思いません。

でも俯瞰してしまうのはある意味、自分が他人の考えに染まらないための自己防衛なのかもしれません。

逆もまた然りで、自分が好きなことを人に話すときはいつも冷めてしまい感情が乗ってきません。

プレゼンテーションとか大の苦手ですし、営業職には抵抗を覚えます。

そのため自分話した内容の魅力が伝わらず全くつまらなく、コミュニケーションとして終わっていますが、他人に自分の影響を与えたくない、きっとそうなのだと思うようにしています。

ブログを発信している者としては致命的ですが、それはそれで良いのかもしれません。

話はぶっ飛びましたが…やっぱり「仕事=楽しい」はおかしい。

これもまた私の個人的な意見ですが、「楽しい仕事」というのはやっぱり胡散臭さを覚えます。

以上のことから私が求めている仕事は「心穏やかに働いて、生産的に行う仕事」なのだと思います。

これなら「だるい、早く帰りたい…。」と思いながらも意欲的に仕事ができそうです。

とりあえず今よりも理想の生活が送れるよう、日々努力したいと思います。

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