仕事が楽しい感覚を味わった人はやりたくないことも平気でやってのけるって話

つぶや記

当ブログへお越しいただいた皆さまは、仕事が楽しいと感じた経験はあるでしょうか。

サーチエンジンで「仕事が楽しい」と検索してみると、後に続くサジェストが「おかしい」であったり、「一度もない」、「理解できない」とネガティブなワードが多いです。

それを考えると、仕事が楽しいと感じたことがない人は実は結構多いのかもしれません。

私自身は前職で仕事が楽しいと思えたことが一度だけありました。

自分がそう出来ているかは分かりませんが、「仕事が楽しい」感覚を一度でも味わったことのある人は、どんなに自分がやりたくないと思う仕事においても絶大な能力を発揮できる人が多く、そういう人たちは見ていて非常に感服します。

ここ最近はそう思うことが割と多かったので、今日は「仕事が楽しい感覚を味わった人」について喋らせていただきたいと思います。

そもそもどんな場面で仕事が楽しいと感じるのか?

私の身の回りにいる「仕事が楽しい」と感じたことのある人たちに、どのような場面でそう思ったのかを尋ねてみると、次のような言葉が返ってきました。

  • 自分が重要な戦力になっていると感じたとき。
  • 仕事においての自分の存在意義が確認できたとき。
  • 自分の仕事に対する売り上げ金額を見たとき。
  • 自分の裁量に任されたとき。
  • 自分の仕事が人から評価されたとき。

自己成長もそうですが、自分の裁量で何かを生み出した、という確固たる実績を築くことが楽しさに繋がっているようです。

そしてもちろんそのような人にも「やりたい仕事」と「やりたくない仕事」は明確にあるようですが、どちらにせよ前のめりで果敢に突き進もうとする姿を見てきました。

何故、彼らはそれができるのかを考えてみました。

「仕事の楽しみ方」を知っている

やりたくない仕事や嫌いな仕事との関わり方は難しいもので、私たちは「子供じゃないんだから。」と自分の感情との折り合いをつけながらも嫌々と取り組みます。

ですが私自身も、その仕事をどのように進めてどう決着をつけるのかのマイルストーンを作っているときにちょっとだけ気分が乗ってくるときがありました。

つまりは「この仕事は自分の裁量に任されている」ということを実感したのだと思います。

恐らく仕事が楽しい感覚を味わったことのある人たちは、どんなに自分がやりたくないと思う仕事だったとしても、終始つまらなくやるのではなく、せめてでも自分が楽しく意欲的にやれる方法やマインドを持って進めているのだと思います。

「仕事の楽しさ」は自分で見つけるしかない

仕事に対する捉え方は人それぞれです。

「キャリアアップ」や「生き甲斐」と捉える人もいれば、「仕方がなく」、「お金のため」と捉える人もおり、どれを取ってもその人にとっての働く理由になります。

また「会社のため」、「誰かのため」と他者のために尽くすことを仕事の楽しみとしている人もいるでしょう。

そのため、誰かにとっての「仕事の楽しさ」は誰かにとっての「仕事の苦痛」となり、人に押し付けることはできません。

どうせしないといけないのであれば、せめてでも楽しくやったほうが絶対に得だし、しかも「その楽しい感覚」というのは誰かが教えてくれるものではなく、自分で見出すしかないのです。

終始つまらなさそうに仕事している人はそんなにいないはず

そのため、仕事中のちょっとした心境の変化を契機にして、ぐんと取り組めたならそれが良いことなのかもしれません。

どんなに嫌な仕事であっても、「仕事中に楽しいと思う経験値」があるのとないのではその仕事に対する捉え方は大きく変わってくるはずです。

仕事そのものが楽しいと思えなくても、「仕事中の仲間とのちょっとした雑談が楽しかった」、「仕事が終わったあとのちょっとした達成感」、その気持ちをまずは大切にすべきだと感じている最近です。

どうせやるなら、つまらないよりも楽しく取り組みたいものです。

以上、私もこんな姿勢で仕事に取り組めたらいいな…と思った話でした。

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