はじめに
小汚い便器に放り出される暮らしの営みにおける最終生成物「うんこ」、そしてその時のどうにも見っともない姿の「自分」。
でも自分を卑しめる必要はない。
むしろその姿は荘厳華麗とでも言うべきであろう。
他人が入ってきたら個室で息を止めてぶりぶり音を出しまいとするうんこマンも。
オペレーターが少人数ゆえに個室の中の人物が特定されやすい夜勤うんこマンも。
小便器でおしっこをしていたら個室から出てくる上司うんこマンも。
彼らの姿はまさに前進していく龍神のようである。
うんことは自己成長の過程で捨て去った過去で、本体はキャリアアップを繰り返している。
うんこが落下していくのではなく、本体が上昇しているのだ。
日本のあらゆる組織にはキャリアアップの対価としてうんこ手当を検討してほしいと願うばかりである。
それでは、厳かに「職場のうんこあるある」言ってみよう。
職場うんこあるある
他人がトイレに入ってきたら出してたうんこを止める

んでまたこういう時に限ってエアーをはらんだうんこが出るので、静かにすかそうとしても、ぶぴぶぴ、だの、ぱぁっっっ!とか音が出ちゃうね。
うんこのあとはちゃんと流したかを確認する

社内には一定数の特定班が存在するから、流したあとでも2回3回は目視確認しないと、もし流し忘れて物が残っていたら意気揚々と推理されちゃうね。
他人がうんこしていたら口で呼吸する
その心は嗅いであげまいとする優しさからか、それとも単純に臭いからか…。
前の人の臭いが強烈で何を食ったのか分かる時がある
「何食ったらこんなに臭くなるんだよ。」って心の中では思っているが、なんとなく消化前のものが想像できるときがあってなんかいや。
夜勤の時は誰がうんこしているのか特定されやすい

人はうんこする時は扉を閉めている。
それは量子論的に言えば「シュレディンガーの猫」のようなものであり、自分以外の同性社員が個室の中で重なり合ってうんこしているのだ。
夜勤になるとオペレーターが少なくなるため、うんこしているときに誰かが入ってきたら、帰納法的に自分が特定されてしまうのである。
高級料理は次の日が休みじゃないと食べたくない
普段じゃ食べられない料理を食べるときは、週の中日じゃないほうがいい。
「明日仕事行きたくないなー…。」とか憂いながら食べるのが嫌なのはもちろんですが、何より翌日仕事中にうんこしたくなった時に確実にいつもより臭い。
便器にこびりついてなかなか落ちなくなるのもあるし、高級過ぎてお腹を壊す時もあるので、いいものを食べるのはやっぱ週末だね。
個室からうんこし終えた上司が出てきたら気まずい
例えうんこのような上司だったとしても、こちらとて大(うんこだけに)の大人。
最低限の敬意を払うべき者が個室から出てくる姿を目の当たりにする時、「なんかすみません」である。
まとめ
以上「職場のうんこあるある」を私の主観で勝手にまとめてみたが、うんこ当事者の恥じらいを汲み取り想像し、優しく受け止めることこそがうんこしやすいトイレ社会を作るのだと考えている。
想像力は愛である。
あとたまにいる、小便しながらスマホいじっているやつと、うんこしたあと手を洗わずに出ていくやつは、あるある亜種だと思う次第である。
以上、そんなあるある言いたい話である。


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