だって食らいたくないもん
職場とかですぐに目くじら立ててやいやいと必要以上の説教してくる人っているじゃないですか。
そいつらには多分、人を正そうとする気はないとおもうんですよ。
他人に説教するって、本来であれば説教する側も深く考えなきゃいけない。
- 自分自身への戒め
- 説教された側の立場に対する理解
- 人に浴びせかける言葉の重み
などなどね。
本当に想像力って大事なんです。
でも想像できない奴らって上っ面の態度だけが先行しているんですよね。
説教される側がその中で何が正しくて何が間違いなのかが分からない、いわゆる新入社員のような状態であれば、全力でそれを食らっちゃったりもしちゃいます。
でもどんだけ分からなくたって、きちんと説教を受け止めて考えるべき内容と、そうじゃないのってなんとなく感覚でわかりません?
後者は後味の悪さだけが残りませんか?
その気持ちはきっと正しいので、絶対に100%食らっちゃダメ。
こっちが食らったって
いちいちこっちが食らってたって仕方がないんです。
そんなの時間と体力がもったいない。
やいやい言う奴ぁ明日には忘れてる
説教された側が重く受け止めたって、説教する側がそのことすら忘れていたら無責任だと思うでしょ?って話。
ちゃんと説教してくれる人は「いつ、だれに、何を言ったか」結構覚えてくれているのですが…、そうじゃない人って、ひどい時には自分も同じことをしてたりするし…。
忘れる人ばかりとも言い切れないけど、感情なんて一時的にピークに達しているだけのこと。
それならそういう人たちの言うことをいちいち重く受け止めて反省するのって馬鹿らしくないですか?
そんなんで息を詰まらすのはやめて、食らったときのための「ダメージコントロール」をすぐにやるべきだと思うのです。
それなら「ダメージコントロール」でダメージの軽減を
やいやい言われても凹まない自分づくりをするのが大事。
やいやい言われても右から左に受け流すメンタルが大事。
やいやい言われても面白おかしく笑う気持ちが大事。
でも敵は作らないのが一番大事。
他人は変えられないので、自分が変われば良い。
ちょっとでも息苦しさがなくなればいいね。
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